昔の文化を過剰に懐かしがるのも間違ってるし、無意味なものだと切り捨てるのも間違っている。温故知新と「昔はよかった」は絶対に違う。歴史を学ぼう。
今も地元ヨコハマのサラリーマンのおじさんたちが夜になると、「俺、軟骨!軟骨!」とか言いつつ焼き鳥食ったり、「イワシも高くなったよな」とぶつぶついいつつ刺し身食ったり、「誰だよ、こんなカロリーの高いもん、頼みやがって」といいつつも、エビの天ぷら食ったり、「とりあえず生中!」と叫んだり、なみなみ注がれた日本酒を「おっとっと」といいつつ口をとんがらせて飲んだり、「ホッピーお代わりだよん」と立ち上がって、グラスを大きく振ったり、「焼酎、梅割にしてくれえええ」とへべれけになりつつ言っている。

超スゲェ楽になれる方法を知りたいか?
誰でも幸せに生きる方法のヒントだ
もっと力を抜いて楽になるんだ。
苦しみも辛さも全てはいい加減な幻さ、安心しろよ。

この世は空しいモンだ、
痛みも悲しみも最初から空っぽなのさ。
この世は変わり行くモンだ。
苦を楽に変える事だって出来る。
汚れることもありゃ背負い込む事だってある
だから抱え込んだモンを捨てちまう事も出来るはずだ。

この世がどれだけいい加減か分ったか?
苦しみとか病とか、そんなモンにこだわるなよ。

見えてるものにこだわるな。
聞こえるものにしがみつくな。

味や香りなんて人それぞれだろ?
何のアテにもなりゃしない。

揺らぐ心にこだわっちゃダメさ。
それが『無』ってやつさ。
生きてりゃ色々あるさ。
辛いモノを見ないようにするのは難しい。
でも、そんなもんその場に置いていけよ。

先の事は誰にも見えねぇ。
無理して照らそうとしなくていいのさ。
見えない事を愉しめばいいだろ。
それが生きてる実感ってヤツなんだよ。
正しく生きるのは確かに難しいかもな。
でも、明るく生きるのは誰にだって出来るんだよ。

菩薩として生きるコツがあるんだ、苦しんで生きる必要なんてねえよ。
愉しんで生きる菩薩になれよ。
全く恐れを知らなくなったらロクな事にならねえけどな
適度な恐怖だって生きていくのに役立つモンさ。

勘違いするなよ。
非情になれって言ってるんじゃねえ。
夢や空想や慈悲の心を忘れるな、
それができりゃ涅槃はどこにだってある。

生き方は何も変わらねえ、ただ受け止め方が変わるのさ。
心の余裕を持てば誰でもブッダになれるんだぜ。

この般若を覚えとけ。短い言葉だ。

意味なんて知らなくていい、細けぇことはいいんだよ。
苦しみが小さくなったらそれで上等だろ。

嘘もデタラメも全て認めちまえば苦しみは無くなる、そういうモンなのさ。
今までの前置きは全部忘れても良いぜ。
でも、これだけは覚えとけ。

気が向いたら呟いてみろ。
心の中で唱えるだけでもいいんだぜ。

いいか、耳かっぽじってよく聞けよ?

『唱えよ、心は消え、魂は静まり、全ては此処にあり、全てを越えたものなり。』
『悟りはその時叶うだろう。全てはこの真言に成就する。』


心配すんな。大丈夫だ。

(Reblogged from tokyogracias)
「質のよい情報」を取り込む装置を持っている人のところには「質の良い情報」が累積し、「質の悪い情報」をスクリーニングできない人のところには「質の悪い情報」だけしか集まらない。
「情報」はその自体的な正否によってではなく、「それが誤っている蓋然性」についての適正な評価を伴う場合だけに意味がある。

Johnnie Walker - The Man Who Walked Around The World (by iamiamnowhere)

「オレ的に、これだけはっていうコダワリがあるわけよ」というようなことを口走り、「なめんじゃねーぞ、コノヤロ」とすぐに青筋を立て、「こんな日本に誰がした」というような他責的な文型でしかものごとを論じられない人は、ご本人はそれを「個性」だと思っているのであろうが、実は「よくある病気」なのである。
「わたしは自分で書評を書く時、それが牽強付会になっていないかどうか、なるたけ第三者の目となってチェックするようにしています。「いろんな本を読んでいるんだぞ」自慢のように読めないかどうかもチェックしています。援用は諸刃の剣です。やりかたによっては書評の対象となっている作品をより面白そうに見せもしますが、ただのオレオレ自慢に堕してしまったり、ひどい時は期せずして対象作品を貶めることにもなりかねないのです。」
Twitterに限らず、mixiでもその他SNSでも「居酒屋トークで悪口をいう気軽さ」を持たないほうが良い。ネットにしか愚痴や罵詈雑言を言うチャンスがない人は他の場を探した方がいい。
(Reblogged from mitaimon)

Lauren Bacall Whistle (by zegoar)